データ分析との出会い 4

暫く書いてなかったのですが、ノルウェー2年め位から現在まで書いておこうかと。

因にこれまでの流れは以下参照で。

データ分析との出会い
データ分析との出会い

データ分析との出会い3

 

楽しいはずであった僕のノルウェー生活1年目はとんでもない失態により終わり、失意の中夏休みを過ごし。迎えた2年目。そこでは天国と地獄が待っていました。

 

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2012年10月。僕はその後海よりも深く感謝する事になるグンナー教授の研究室でとある面接を済ませ、人生最大級の後悔をしていました。

グンナー「君はいい感じに優秀な学生だからデータ分析要因としてプロジェクトに参加したまえ」

僕「いや、僕はそんなに優秀な学生じゃないしデータ分析で倒けたばっかです。」

グンナー「oh…」

目の前に転がって来たチャンスをあっさりスルー

 

面接後にその愚かさに気がつき、半泣きしながら手帳に必死に反省点を書き込んでいました。チャンスがあるのは良い事なのだけれども、そのチャンスを生かせないのは無能の証明と同意義なのだとその時ハッキリと認識した訳です。

以前留学についても「留学していても他の人よりも高い能力を持てていなかったそれは自分の学習能力が他の人よりも低いという証明にしかならない」と自分で書いていたため、自分が同じ轍を踏んだのをとても恥ずかしく思いました。

しかしながら他の候補者があまりよろしくなかった為か運良くプロジェクトのデータアナリストとして採用。自分の運の良さには本当に頭が上がりません。

その後はただひたすら研究プロジェクトに邁進し、データを分析してグンナー教授と話し合ってはまた新たなお題を出されて分析していました。
この頃は自分だけの研究室も貰い、コーヒーと野菜に埋もれながら朝から晩までデータの前処理や分析やらをしていました。

その中でも特にキツかったのが合計2000ページくらいあるノルウェー語の税金の書類の中から車の環境税の値を取り出してデータセットにする事でした。(因に僕は一切ノルウェー語出来ませんw)PDFファイルが破損していた為にコピーすると文字化けが起きてしまい、グーグル翻訳で英語に直すという技は使えず、更に書類の性質上他のノルウェー人の助けも借りられずただひたすらに辞書をひきながら頑張るという作業をしていました。

ちなみに僕のTwitterアカウントのプロフィールのバックの画像はその時作ったデータをプロットした物です。

さて、このプロジェクトではノルウェーの新車に課す環境税を整理して作り直し、新たな税率を決定する事が目標となっていました。この為にはノルウェーでの新車市場を把握して、税金が新車の種類ごとの販売数にどのような影響を与えるかを予測する必要があった為に市場分析を行う必要がありました。

よってパネルデータ分析にIVの考え方を持ち込んで車の種類毎に価格上昇の効果を推定しました。また一方で環境税によって需要が市場内でどのように変化するかを推定して、「環境税を上げた時に車の種類間で需要がどのようにシフトして、その結果二酸化炭素排出量がどの程度削減されるか?」を導きだしました。

これによって政府が目標としている二酸化炭素削減量を実現する為に必要な環境税の税率が解り、それをノルウェー政府に提出しました。

しかしながら後日談で解った事なのですが、ノルウェーの与党がかなり低中所得者寄りな労働党であった為に新車への増税に大きな反対が起り税率はある程度緩和され、税制の整理がなされただけになりました。理論的に正しい解答が世の中で必ず認められる訳では無い訳です。

 

このプロジェクトが終わりを迎えようとしていた2012年末。大きな決断が一つ待っていました。それは修士論文のトピックをどうするか?と言う事です。

僕の候補は二つ。
1つは今の環境税のプロジェクトでの内容を少し理論的に整えてペーパーにする。
もう1つは前から気になっていたサーモンの養殖に関するペーパーにする。

この時点では僕の進路はPhDへの進学と決めていました。そして合理的な決断をするならば既に結果も出ていて社会的なインパクトもあって経済学的にも割と認知されて来た環境の分野を研究するべきだったと思います。しかし僕の選択はサーモンでした。

サーモンが面白い理由は幾つかありました。モデルがちょっと変わっていたり、資源管理という概念が非常に重要でモデルの中で永遠という時間を扱う必要性がある事がSFっぽかったり、あとは殆どやっている人がいなかったり。

それでもやっぱり今でもちょっと不思議に思います。今でもこの選択は謎ですが、仕事の上ではこの研究トピックにはかなり助けられていると思います。データアナリストとして働くという事を前提に考えるのであれば合理的な選択肢だったのかもしれません。人生とは解らない物です。

 

さて、それから3ヶ月はひたすらに修士論文に打ち込んでいました。色々興奮する様な発見も、それに対する泣きたくなる様な失意もありつつ研究を進めているとあるメールが一通届きました。

そのメールには”Rejected”という単語が入っており、それは僕がPhDへ進学する事は適わず、自分が第一に考えていた進路が消えてしまったと言う事を意味していました。どこかでも書きましたが、1週間近く放心していました。アラスカで古い計量経済学の教科書を手にしながら思い描いた道はここで消えてしまった訳です。

この時点ではまだ幾つかの選択肢がありました。
例えば別の国のPhDに行くとかです。しかしその時点では特に行きたいと思う様なPhDプログラムは無く、またそのような所に行ってPhDを得たとしてもその先にしたい事が見えませんでした。

また他の国で働くという選択肢もありました。が、僕は別に海外に行きたいから留学した訳ではなく、自分の興味のあった事・目指した事を追い求める最も効率の良い道として留学した訳なので、そのような理由が持てないのであれば就職してまで外国に残る必要はないと思いました。(まぁ外国で就職出来ないかもしれないという不安に負けただけかもしれませんが・・・)

その結果として残ったのが日本での就職でした。正確に言うのであれば、「データサイエンティスト・アナリストとしての日本での就職」でした。
色々とビビっていたのでデータアナリスト以外での就職活動もしていました。が、結局内定を取れたのはデータアナリストとして受けた会社だけでした。

 

この後の事は特に書く事は無いです。ただのポジショントークにしかならない気がするので。(ここまでも完全にポジショントークな気がしなくもないですがw)

 

  • この先の事

今の会社は悪い所も一杯ありますが、それを上回る魅力があります。

それは「自由」と「自分のしたい事が出来る可能性」です。

前者は全ての社員に与えられている物だと思います。それを外見に使っても、仕事の方法に使っても良いのだと思います。僕はそれを勉強や研究に当てています。これは本当にありがたい物で、他の環境ではまず手に入らないものだと思います。

後者は決して全ての人に与えられる物ではないと思います、ただ、努力して結果を出して手を上げて一言「やりたい」と言えばやれそうな感じがします。そういった事をしている先輩と今仕事出来ているからこそ実感出来る物であって、そういったラッキーな機会が無ければこの感覚は無かったかもしれません。

今後何かこういった振り返りネタで書くことがあればきっとこの「自由」と「可能性」の二つをふんだんに使った物となる・・・と良いですね(笑
そうであれる様にコツコツやって行こうかと思います。

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